旬をいただく贅沢

池波正太郎は、私に最も影響を与えてくれた作家であり、私が好きな男の生き方の見本のような方で、かっこいいことと、かっこわるいことの基準を作ってくれた方だ。

彼の著書の中でも、とりわけ、「味と映画の歳時記」は、旬のものをしっかりと食べることの重要性を説いてくれた一冊だ。

野菜でも魚でも、果物でも旬というものがあり、昔は、旬しか食べられなかったものが、今では、ビニールハウス栽培や養殖技術、保存技術の発達により年から年中食べられる。

酒肴の枝豆なんて良い例だ。

大半のお店では、年中オーダーできる。

がしかし、私は、まずオーダーしない。

理由は単純明快で、旬以外は、おいしくないからだ。

私が月一でおじゃまする、東京野方のうなぎ屋さんは、旬のものしか出さないお店で、料理で季節を感じられる希有な場所だ。

だいだい、ビールのアテには、4月から6月まではそら豆を、7月から8月までは枝豆だ。

それも、9月の声を聞く頃には、枝豆の旬が終わっているため、メニューからキレイに消える。

たった2ヶ月しか枝豆を出さないのだ。しかも、注文がある度にゆでるため、抜群に旨いのだ。

これが、まさに、旬をいただく贅沢なのだ。

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つい先日、今が旬の北海道のアスパラをいただく機会に恵まれた。

その佳人曰く、ピーラーで表面をかるく削り、さっとゆがいたあと、フライパンで軽く水分を飛ばし、生ハムと岩塩と粗挽きペッパーで味を調えただけというシンプルな調理法が一番だそうだ。

ポイントは、言わずと知れたシャキシャキ感を残すことだ。

はたして、そのお味はというと、余計な言葉は、もはや不要であった。

シャンパンは、モエ・シャンドンで、スパイシーなバケットをつまみながら、アスパラをいただくと、口に広がる甘さと綺麗な苦みは、旬ならではの贅沢だ。

輸入モノではこうはいくまい。

あとは、お約束のコースで、また、1本空けてしまった。

合掌